1993年8月にデビュー、1996年10月引退。通算成績21戦12勝、総収得賞金額10億2691万6000円。
皐月賞で3馬身差、日本ダービーで5馬身差、菊花賞で7馬身差と、走るたびに差を広げていった圧倒的な強さを誇り、クラシック三冠を含むGI5連勝、10連続連対を達成し、1993年JRA賞最優秀3歳牡馬、1994年JRA賞年度代表馬及び最優秀4歳牡馬に選出された。1995年春に故障(股関節炎)を発症した後は、6戦して重賞を1勝と低迷していたが、第44回阪神大賞典で、アヤノトップガンとの直線一杯を使っての叩き合いを頭差で制してみせたり、天皇賞(春)では惜しくも2着となったが名勝負を演じた。その時点で、収得賞金は10億円を超えた。その後、第26回高松宮杯への出走によってファンの話題を集めたが、4着に終わり、引退した。